「まっとうな」労働と憲法12条


沢村 凜『ディーセント ワーク ガーディアン』(双葉社)は、憲法記念日にふさわしい作品です。『小説推理』20116月号~11月号に連載された短編集で、主人公三村全は東京から離れた架空都市黒鹿市の労働基準監督署監督官。労働現場を舞台に起こる事件を、友人の刑事と協力し合いながら解決していきます。

「ディーセント ワーク」とは、ILO(国際労働機関)が掲げる21世紀の目標のことで、「まっとうな労働」を意味しています。

「生活費に満たないような賃金ではないこと。働きつづけると病気になるような作業環境ではないこと。死んだり怪我を負ったりの危険に満ちていないこと。心身の健康を損なうほどの長時間労働でないこと。人格が否定される職場ではないこと。耐え難いストレスが生じる仕事ではないこと、エトセトラ」が、本書が指摘している「ディーセント ワーク」の内実です。

1話から第5話までの事件が、転落事故、風呂敷残業、労災隠し、低賃金、安全措置無効化など、中小零細企業から大企業にいたる日常の労働現場で起きているだけに、働いている人にとっては、架空の絵空事ではなく、自分のこととして考えさせられてしまいます。

6話「明日への光景」は書き下ろしで、この作品集の一番の魅力になっています。

かつて行政指導をした経営者からの逆恨みで窮地に立たされた主人公が、なんとか持ちこたえて反撃に転じるストリーですが、厚生労働大臣を巻き込んだ陰謀ですから、生半可なことでは打開できません。

失意の主人公が反撃にでるきっかけが、歩道橋で目にした「9条」のビラでした。憲法12条に気付くのです。

12条 この憲法が国民に保証する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」

三村はこれまで多くの労働者が、「過労死認定ラインを超える恒常的な時間外労働。必要な安全措置がされていない場所での危険な作業。長大な賃金不払残業。劣悪な作業環境の放置」など、労働基準法違反に黙って耐えている姿を見てきました。その都度、彼は「頼むから、少しは自分の権利を自分で守ろうとしてくれ」と、何度も心の中で叫んできたことを思い出します。

憲法12条の精神がまさに「自由および権利」を守るためにたたかうことなのだと自覚した三村は、同僚たちに気遣って、自分の権利を守るたたかいを放棄しようとしていた誤りを払拭して、歩を前へ進めるのです。

 2012・5・6会員M