百田尚樹「海賊とよばれた男」を読んで


百田尚樹(ひゃくた・なおき)氏の「海賊とよばれた男」(講談社 2012年刊 書き下ろし小説)、機会あって読みました。実在したモデルが企業経営者として戦前戦後苦闘したことを、小説としてまとめたものでした。モデルは人物は出光石油創業者の出光佐三、企業は出光興産です。モデルは広く大きな活動をした人、小説の言及も広い大きな内容となっています。
百田氏は、出光氏のファンらしく、彼の言動(私なりに伝え聞くものも含め)を100%肯定して、主人公をヒーローとして描いています。さまざまな苦難、試練を、リーダーシップを発揮し切り抜けていく描き方は、痛快な印象を与えます。なるほどそういうこともあったか、それは大変だったろうなと、読者に思わせる作家としての力量も示されています。作者の気持ちもはいった、それなりに面白い(題材も登場人物も)小説です。
あらすじは、少し触れるだけにします。主人公国岡鉄造は若いうちから石油の将来性に着目することとなり、石油を扱う企業を創業、大手とも競う会社にしていきます。「海賊」と呼ばれたのは創業期から示した商法からでした。そのことからスタートして国内で国外で、さまざまな問題に遭遇し、切り抜けていきます。国岡商店もそのなかで発展していきます。戦前戦後数十年にわたるサクセスストーリー、障害はじつに多様多彩な山積です。現実に苦労しただろう難局課題について、小説から教えてくれるものになっていました。その辺は手に汗握らせる描写が冴えています。先見性があり、創意工夫に富み、筋を通すことで譲らない鉄蔵の個性的性格もよく書かれているのではないでしょうか。部分的にはそういうこともあったのかと、私も目からウロコの体験もさせられた気持ちです。フィクションの要素がどれくらいかは、厳密には私の手にはあまります。しかし相当程度、過去の事実を踏まえた記述が多いのでしょう。私の知識でもそうと言えることがありましたから。
しかし私の読後感は総体としては、作品には辛いものとなりました。得た事実、できごとなどが、いかに詳細であっても、それでは埋めきれないものを感じたのです。
ひとつめは、主人公国岡鉄造のものの考え方見方についてです。前述したように、モデルが戦前戦後変わらず主張しているらしいことを、小説では無条件に肯定しています。これはかえってひいきのひきたおしになるのではないかとさえ、思いました。戦後の現代では通用しない哲学を、一生言い続けた人間をどう評価しどう見るかは、難しいことだろうとの指摘は、私はしておかなくてはなりません。一例として国岡鉄造が生涯唱え続けた「人間尊重の経営」を指摘しておきますが。ただ会社経営者(とくに創業者)の獅子奮迅、これは求められるものです。どんな壁であろうとも穴を空けなければならないことも場合によってはあります。私もそのような人を複数知っており、その点では鉄造の奮闘ぶり、知人に重ねあわせる気持ちになりました。フィクションとしての小説ですが読みながら「鉄造がんばれ」の気持ちを持ちました。
ふたつめは、百田氏の経済史観、政治史観です。部分的にはとにかく、全体としては、私を満足させるものではありませんでした。残念だけれども、作者は、経済はほんとうのところはわかっていないかもしれません。私の判断ですが、井の中の蛙が井戸から見える空をあおぐ、あるいは人が葦の髄から天をのぞく、といったところがせいいっぱいのようです。ある意味でていねいに調査もし、たくさんの文中のエピソードの示し方にも著者の気合もこもっていました。それなりに面白くまとめられた小説です。しかし、石油が得られたら太平洋戦争(大東亜戦争)も勝ったかもしれないとか、戦後の苦闘の想定図の「まったく一面的構図(私の知識と理解からは現実からはかなり遠いものです)」とかは、とてもいただけるものではありませんでした。おそらく百田流絵空事がたっぷり入っています。私の期待にも応える戦後経済の活写を望むのは、百田氏に対してはないものねだりかもしれません。出光氏をモデルにしているだけ残念ですが。
経済や社会の現実に切り込むような臨場感のある小説も今は登場しています。すぐれたものがいくつもあります。しかし「海賊とよばれた男」はその範疇には入りそうもありません。題材は現実社会からとっているかもしれませんが、できあがった作品は、B級活劇、かっての「講談本」、猿飛佐助や岩見重太郎が活躍するような類の「娯楽小説」と考えさせてもらったほうが良いように思えました。辛い小説かと思ったら、主観による砂糖がたっぷりかかった甘い甘い小説でした。だからなお誰にとっても読みやすいのかもしれません。多くの人に知らなかったことをわかりやすく解説してくれることも含めて。
2013年の本屋大賞第1位に選ばれた「海賊とよばれた男」でした。本屋大賞は自他ともに認める愛書家の書店員さんが選ぶユニークな賞です。でも今回の受賞は、本屋大賞といってもいろいろあるものだと私も認識する機会でした
2014年1月23日 会員UE

例会のお知らせ:第7回例会 講演&ディスカッション 『品川正治さんが問いかけたもの』

今年もよろしくお願いいたします。
第7回例会を開催致します。みなさんのご参加をお待ちしております。

グリーン九条の会 第7回例会

 講演&ディスカッション 『品川正治さんが問いかけたもの』

≪事前申し込み制(Eメールのみ)≫
■2014年2月8日土18:00~
■ニューオータニイン札幌
 札幌市中央区北2条西1丁目1-1
■参加費:3,000円(会食付き)



 

主催:グリーン九条の会
協賛:エンレイソウ九条の会・文学講座委員会

お問い合わせ、参加申し込みは、メールでお願いします
<連絡先>
グリーン九条の会
〒003-0831 札幌市白石区北郷1条7丁目5-8 白鳥方
E-mail : green9zyonokai@gmail.com